31-怪しいと思われないためにはそれなりに訓練が必要だった

師匠には「今日、調べてきます」と伝えた。
「わかった」と返事が来た。

いつもの報告のように長々と話さない場合は、師匠からの返事はこんなものだ。

俺も尾行に適した服装にする。
あまりに仰々しいと怪しまれてしまうが、夜の尾行なので、暗めの色がいい。それは古今泉にも言った通りだ。
後は動きやすさと、何かあったときのための道具や武器を忍ばせたい。
轟剛力のような相手が出てきた時に対応できるように。
けど、夜だからな。あまりに物騒なものを持っていたら補導された時にヤバそうだ。
ペンライトくらいは持っていくか。

暗めの服装と言っても上下黒だと怪しいやつになりやすい。ゆったりとしていて窮屈じゃないもの。
素材は軽いが、擦れて音が鳴りにくいものを選びたかったが、紺のカーゴパンツ。上は深緑のシャツにした。

気をつけて選んではみたが、着て鏡で確認してみると中々の不審者っぷりだった。

殿子さんには、「今日は帰りがどうなるかはわかりません、行ってきます」と伝えた。

側から見ると不審者でしかない服装を殿子さんに突っ込まれることはなかった。
尾行には及第点……?と思ってくれているのだろうか。

古今泉から家の住所をもらい、そこから近くで俺は待機。
ずっと同じところにいると怪しまれそうなので、少し動きながら。
だからと言って、同じところを何回も往復するのも情緒不安定過ぎてヤバい。
この辺りを見て地形を把握しておくか。
離れすぎなきゃ大丈夫だろ……と。
そう思いたい。

「この辺りを散歩しておく」
古今泉にそう送って俺は歩き回る。

この辺りは住宅街。

潜り込めそうな物陰はないわけではないが、ただ、物陰になる主な場所は他人の敷地内なので、一時的にしか利用できない。

尾行しやすいかどうかは、古今泉の姉がどこまで行くのか?にも依る。
聞いた話だと行き先はここから離れた公園やら家やらだったはずだ。
だからこの辺りを調べたところで、完全な対策にはならないのだけど。
それは今更だ。
それに古今泉に教えてもらった辺りを下見しておいたとしても、そこに行くとは限らない。
だから、ここの辺りを調べるのは実質暇つぶしになる。あるいは、気休めか。

歩き回っていたら時間が過ぎていた。元々そこまで多くの時間があったわけじゃない。
6時から歩き回っていたが、暗くなってからしばらくの時間が過ぎ、そこからはあまり確認ができてない。
どんな店があるのかとか、コンビニがある、とかそういうのは明かりのお陰でわかるが。
だが、下見というものをするのであれば明るい時間帯にやっておくべきだ。
明るい時に見る景色と暗い時に見る景色は、別世界だから。

9時になった。
9時になってちょうどに出かけるということはないだろう。
古今泉からの連絡は
「わかった」
「今お姉ちゃん帰ってきた」
「今ご飯食べてる」
という九時前に受け取った報告だけだった。
まだ出たという報告はない。
必ず毎日出かけるという保証もない。今日は古今泉の様子がいつもと違って、それを見た姉が出かけるのを控える可能性だってある。
その場合は今日は大人しく帰ることにする。
こういった調査はすぐさま結果が出ることの方が珍しい。
それに今日出かけたからと言ってうまく調べることができるとも限らない。

今日は何も得られずに帰ることも頭の中に入れておく。

結果を焦ってはいけない。
それは古今泉にも伝えとくべきだった。

俺は適当にその場で時間を潰していた。
そして9時を過ぎてから10分後、連絡が来た
「お姉ちゃん、そろそろ出るかも」

古今泉の家に近い位置に移動する。幸い、角(かど)に身を隠すことができたので、そこで様子見をする。

ケータイがブルっと震えた。
通知画面には古今泉のメッセージ。
「今出そう」とあった。
確かに音が聞こえた。
ドアを開けた音だ。

他の家があるので視認できないが、音で外にいるのだとわかる。

門を開く音がする。
その直後に出てきたのを確認できた。

姿が見えた。
肩甲骨の辺りまで伸びた長い髪を纏めてポニーテールにしている。
肩出しの白いシャツ。暗い色ではっきりとはわからないが、ショートパンツ。デニムでできているように見える。

なるほど。そういう服装か。
随分と薄着な気がするが、寒くないのか?

姉は俺とは反対方向に歩き始めた。
俺に気付いている様子はない。

「門を出て右の方に向かった」
古今泉に送った。

跡をつける。

古今泉に「もう出てきて合流してもいいだろう」と送っておいた。
何回か道を曲がったので、追いつくのが難しいかもしれないが。
わかりやすい目印を見かけたら連絡すればよいか。
「ちょっと!どこ?」

「横断歩道。信号渡る」

夜だから靴音が目立つ。スニーカーのぎゅっぎゅっという音。だが、つけ始めてもこっちを警戒する様子はない。
俺の存在には気付いていて、振り返らないだけかもしれないが。

追いながら古今泉からの連絡を受け取った。

「信号ってどこ?」
「コンビニとカレー屋のあるところ」
「待って」
「待ったら見失なう。大通りに向かってる」

「こんなことなら一緒に出たらよかったじゃん!!」

「一理ある」

「一理あるじゃない」
「まって」

大通りに出たので、少し距離を離しても大通りを歩いている限りは見失わないが、流石に待つのは怖いな。

「大通りだとわかりやすいからあまり目立たないように来てくれ。今は東の方に向かってる」

「お姉さんは歯医者通過」
「わかった」

「今銀行前?」

「そうだ」
と送った後

「やっと追いついた」
後ろから潜めた声が聞こえた。
古今泉だった。
古今泉は本当に暗めの色の服装、黒のスウェットを着ていた。シャワシャワと擦れると音がする。

「お姉さん、この前行ったところに行きそうか?」

「このルートは公園に行くかも」
「それは、前に行ったところか?」
「うん。前は公園で集まってたところ」

なるほど。じゃあ、公園に行くのだろうか?
こうなると、多少プレッシャーが薄れる。油断して実は違う方向行きます、とかになると日を改めねばならないが、そうでない限りは、楽だ。

実は違う方向に行きます!という展開ではなかったが、今日はその後がまずかった。

無事に公園に着いた。
それはよかった。
少し広めの公園だ。
学校の近くの遊具がブランコや動物の乗り物くらいの小さな公園とは違い、犬の散歩のコースにちょうど良さそうな。ランニングをしていると、色々な人にすれ違い仲良しになってもおかしくないくらいの広さと規模。

古今泉も「やっぱり公園なんだね」と小声で俺にささやく。

「そうだな」
「以前ここに来たときにはどんな奴と一緒にいたんだ?」

「結構人が集まってたけど……。怖い男の人たちとも一緒だったかな」

「今回もそいつらと会うのだろうか?もし前に見たやつと一緒だったら教えてほしい」
「うん、わかった。けど、あまりハッキリとは覚えてないかな」
まぁ、そうか。それは参考程度にするか。
心の中でそう思って俺は姉の後を追っていく。
まだバレていないようだ。

古今泉の姉は公園を通り、入ったところとは反対側の出入り口にいた。

わざわざ公園を通った意味とは?
謎だったが、すぐにわかった。
1台の車が近づいてきた。
そして、姉はその車に向かっている。

「俺は走る」
「え?ちょっと」
古今泉は顔がわれているから!目立つな!そう心で念じた。
多分通じてないが、恐らく動いてないので結果オーライ。

姉が車に乗り込む姿を見ながら全速力でダッシュする。バレたり何か言われたりしたら変な奴が夜に公園でトレーニングしにきたという言い訳を用意しておこう。
走って車を追跡できるわけはない。
だからせめてナンバーだけでも。

そして、俺は走るにつれ、例の能力の匂いを感じた。
ここでか?
と思ったが今走りながら考えられることとしては、古今泉の姉が能力発動。
あるいは、車に乗ってる人物が能力を発動していたか、だ。

クソ!やっぱり能力者案件か!

何とか車が出る前に車の近くに行くことができた。
だが、流石に追跡用の発信器を設置はできない。
俺も投げてピタッとくっつく便利なものを使いたかったが、今は持っていない。
何より師匠がそんなものを使わせてくれないだろう。

俺は仕方なく、ナンバープレートの番号を確認する。
猛烈に暗記し、忘れないように何度も心の中で復唱する。
タクシーが来れば追ってもらうことも可能ではあったかもしれないが、そんな、都合よくタクシーは来ず。
そのまま発進して行ってしまった。

流石に今日1日で調べることはできなかった。
車のナンバーがわかっただけだった。
今日この後できることと言えば、姉の帰りを待つことくらいだろう。

俺が車のナンバーを暗記して、その後メモをしていると、古今泉がやってきていた。

「お姉ちゃん、どうなった?行っちゃった?」
古今泉は軽く息切れしている。
駆け足できたらしい。
「車に乗っていった」
「そっか。やっぱり、ダメだったかぁ……」
「すまん。俺にわかったのはナンバーだけだった」

後は能力が使われていたという確信。
能力者……。
師匠に報告することが急がれる。

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