16-バクチ

俺の考えた手は最早、手でもなんでもないかもしれない。
バクチ、それもヤケになったバクチと言える。
自分の身体を犠牲にする作戦。

師匠ならそんなのは作戦と言えないと一蹴するだろう。
けれど、今はこんな状況だ。
俺の準備が足りなかった。
本来なら能力者が俺を襲ってくることを想定しなければいけなかった。
だが、俺はあいつらが相手なら素手で余裕だ、とタカを括って挑んでしまったのだ。

俺の方が慢心していた。これは責められるべきは俺で、それの尻拭いをするのも俺だ。
だから責任をとる。
俺はこいつに勝たなければならない。

轟剛力に対しての発言は、挑発にしては落第ものだったが、轟剛力は敢えてそれに乗ってきた。やつは根っからの戦闘狂なのかもしれない。

しかし、その三下以下の発言で済ませたのも、轟剛力なら乗ってくるんじゃないかと、安っぽい挑発でいけるんじゃないかと踏んだ節もある。

「ラチが明かない」
俺はそう思ったが、轟剛力は轟剛力の方で、例えば、そろそろ決めるかといったようなことを思っていたはずだ。
お互いに形は違うが決定打が欲しかったに違いない。

だから、こんな俺がボロボロの状態でも挑発をすれば、俺が何か策を練っていると思ったにしても、先ほどとは違って、轟剛力は俺に攻撃をぶつけてくれるんじゃないかと思った。

そしてその目論見は当たった。

今からやつは俺にぶつけてくるはずだ。

俺はそれを構えて待つ。
やつの攻撃を受けるつもりだ。

轟剛力がこっちに向かうのも一瞬だった。
近づいてくるのはわかったが、やっぱりそれを捌くほどには身体は動かない。
轟剛力は渾身の蹴り(俺からすれば。やつからすれば軽く力を入れただけかもしれない)を放った。

俺の脇腹に深く突き刺さる。

「グボホァ」

口から何か出た。
意識が飛びそうだった。だが、ここで踏ん張らなければ勝てない!身体を犠牲にしてでも俺はやり切る必要があった。
何とか意識を保ち轟剛力の脚を掴む。
一瞬でいい。
素肌を掴め!素肌に触れるんだ!

脚を引く力は蹴りを繰り出す力よりは多少弱い。
既のところだったが、俺はやつの足首を掴めた。

後は奴が脚を引くよりも速く、奴が自分の能力を解除するよりも速く俺の能力を発動させるだけだ!
「うおおああああああああああああああああああああ」
力を出すための咆哮。
声が響き、筋肉が軋み、やられた脇腹が痛む。しかし、痛みに対して怯んでいる暇はない。俺は覚悟をしたんだ。ここを切り抜けろっ!

「うわー……」
「足首に跡がついちゃったよ」

俺の手の拘束から軽く抜け出した轟剛力は自分のスラックスの裾を上げ、蹴りを出した脚とは違う方を軸足に片足立ちになって、足首を眺めていた。

間に合ったようだ。
それは根性の勝利だった。

俺は木を背にしていた。
師匠からは絶対に止めろと言われていた攻撃の受け方をするつもりだった。
後ろに壁があるとダメージが後ろに発散されずに自分に跳ね返ってくる。
つまり打撃が前からも後ろからも来てサンドイッチ状態になる。
そんな攻撃の受け方は下手したら死ぬと言われていた。
普通の人間相手ですら死ぬのに、轟剛力のパワーでそれをやられたら、死ぬどころの騒ぎでないかもしれない。

それでも俺はこれしかない、と踏んだ。
あいつの攻撃をすり抜けて懐に攻めたり、あいつの攻撃を受けた後に相手の四肢を掴むなどは到底不可能だと悟った。身体が吹っ飛んでしまう。
ダメージを受けてでもあいつの攻撃を受け、それを掴む必要があった。

下手したら死ぬ覚悟をした。
いや、実際は死なないだろうが。
とんでもない怪我をして、師匠にしこたま怒られる覚悟は決めていた。
後は根性の問題だった。

結果俺は、轟剛力の足首に触れることが出来た。
轟剛力はハイソックスを履いてなかったのも功を奏した。

俺は木にもたれかかることで、何とか二本の足で立っていた。
後は、能力が消えた轟剛力とやり合うだけだった。けれど、ここにいるのは自分が格上だと勘違いした挙句、自らの身体を犠牲にすることでしか事態を打開できなかった計画性皆無の死に体の愚者だ。
そんな人間がほぼノーダメージの戦闘狂に勝てるのか、という話だ。
身体が万全なら相手はできうるかもしれない。
だが今は相手の動きが確認できるよう上半身を上げておくのですら、しんどかった。

「あれ?俺の能力が発動しない?」

轟剛力の能力を消すことには成功したようだ。
それを確認できただけでもよかった。
まだ希望を繋いだ。

轟剛力はその現状を把握した上で動揺していなかった。
ぼろぼろの俺を見つめて言った。

「なるほどね。そういうことか」
「俺の勝利条件、厳しかったんだね」
「盤面は終始俺の優勢だったからなぁー。慢心してたよ」

余裕がある口調だった。
奴はまだピンピンしていた。俺から入れられた有効打は皆無だ。有効打どころか、かすり傷ですら入れられてない。
俺はこの先に繰り広げられる奴の攻撃に対応できるかどうかは自信がなかった。

「じゃあ、俺の負けか」

さっぱりとした降参宣言だった。

「あ……おま……」

お前、何言ってやがる?
と言いたかった。まともに声が出せなかった。
最後の咆哮で使い果たしたか。
奴は本当に負けを認めた?
こっから先、お前は仕掛けてくることはないのか?

俺がまともに喋れない様子を見て轟剛力は

「ああ、いや、大丈夫。色々とわかったからさ」

と俺が口を開こうとするのを止めた。
しかし

「あ、いや、あのさ、俺の能力戻ったりしないの?」

轟剛力は、友達に借りた本の返す期限を聞くかの如く軽く俺に質問してきた。
気を遣って喋るのを制した割りに即座に答えを要求する質問をしてきた。

「…ぅあ……お……」

無理だ、と何とか声を絞り出して答えようとしたが、声にならない声しか出なかった。
首を横に振るしかなかったが、それも楽ではなかった。
自分が振れる限りを尽くして首を横に振った。
そよ風で木の枝が揺れるよりも微かな揺れでしか返答が出来なかっただろう。
見る人が見れば、何もしてないと思ったかもしれない。

「ふーん。じゃあ、尚更俺の負けだね。能力アリの俺とまともに受け合いをやってた奴に能力無しで勝てるとは思わないからね」

「まぁ、ちょっとショックだけど、慢心してたから仕方ないね。」

轟剛力はちゃんと俺からのメッセージを受け取れたらしい。

「だからさ、俺の負けってことで」

俺に対して再確認するように言った。

轟剛力はこの戦いで終始圧倒していた。
相手が倒れるまでの勝負であるなら、俺に勝ち目がなかった。
この後に、轟剛力の取り巻きたち……名前と顔が一致してないが、枡や久利須たちに攻撃されても太刀打ちできないくらいに俺はやられていた。

そんな状況で奴に負けを宣言されるということは、複雑な気分ではあった。
勝った気はしない。

「そうそう。どうせあいつらが悪いんだろ?あいつらバカだからさー。悪かったな。あいつらにも言っておくから、もう手を出させないよ」

そうだ。元はと言えばあいつらが、俺たちにちょっかいをかけてきたから。

「まぁ、能力ナシでも、また鍛えてくっから、その時リベンジマッチさせてよ」
「じゃあよろしく!バイビー!」

轟剛力は木によって支えられている俺を背に、一仕事終わったぜ、と言わんばかりにスタスタと帰っていった。

マジかよ。まだお前やるつもりなのかよ。勘弁してくれ。
ああいう奴はめんどくさいんだ。

思考を働かせるのも限界だったようだ。

身体がもう気張らなくていいと判断したんだろう。
踏ん張っていた脚が崩れ落ちる。
崩れ落ちた衝撃で更に痛みも走る。
もう意識を保つこともできなくなった。

せめて一撃、入れたかった。

視界から轟剛力が消えゆき、薄れ行く意識の中で、そんなことを思っていた。

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