轟剛力が警戒心を強めてから、こちらに踏み込んで来なくなった。
俺よりも間合いが遠くても何とでもなるぜ、と言わんばかりに俺が反応できるギリギリの間合いから何度も攻撃を繰り出し、俺の精神と身体を疲弊させていく。
まともにやり合いを続けていても一方的な展開でジリ貧だ……。
こちらからは何も与えられていない。
相手は涼しい顔をしている。
「すごいね。俺とやってここまで倒れないってすごいじゃん!何かやってた?」
何かやってた?の質問には師匠との訓練をやってたということにはなるが、今相手に言うことではない。
こちらから相手に情報を渡すほど余裕はない。
「だんまりか。まぁ、いいけどね」
そう言って轟剛力は取り巻きの方を見て
「おい、お前ら、ボール持ってこい」
と言った。
なんてことを考えるんだ。
「え、何のボールですか?」
などと呑気な返答をしている。あいつらはピンと来てないようだ。
俺はそれを尻目にとにかく逃げ出さなければならない。少なくともこの敷地からは逃げる必要がある。
相手が大きな隙を晒している間に俺はこの場を後にするために走り出す。
「あ、逃げられた」
もちろんそれに気づかないほど轟剛力もアホじゃない。俺が立ち向かおうとしない雰囲気を察知してすぐに声を上げた。
轟剛力の走力がどれほどあるかはわからないが、さっきまでのやりとりでわかっている通り、奴は一気に距離を詰めることができる。あの能力から言ってまともに走れば追いつかれてしまうだろう。
そうならないように、隠れながら、または妨害しながら逃げる必要がある。最悪、迎え撃ちながら逃げるという選択肢も頭に入れる。
俺は学校の外に出るように逃げた。
轟剛力も追ってくる。普通の高校生相手なら、走力が大体同じか、多少劣っているか俺が完全に逃げ切れるかどうかの戦いになると考えられるのだが、多少の出遅れなどものともしない勢いで俺に迫ってくる。
これでは学校の外に出るまでに追いつかれてしまうだろう。
学校の広い敷地内、隠れる場所などほとんどない。
物陰に隠れたとしても、すぐに見つけられてしまう。
轟剛力の様子を見ていると、俺以外には危害を加えるつもりはなさそうだ。
本来は取りたくない手段だが、今は授業後の下校時間でもあるので、人はまばらにいる。部活等をやってる連中も多少外に出てきている。
そいつらを壁にする。
走りながら外にいる生徒たちの間を間髪で避けながら走る。これくらいなら俺にもできる。急に人が勢いよく向かってきて、びっくりさせることになっているが。大迷惑だ。申し訳ない。
後は轟剛力の人格に賭ける。これも申し訳ない。轟剛力が一般生徒を負傷させることに対して何も感じないのであれば、とんでもない被害が生じるだろう。
もし轟剛力が危害を加えたら、今回をやり過ごした後、何らかの責任を果たさなければならないかもしれない。
「おわ」
「キャ」
「あぶね」
などの短い悲鳴を聞きながら俺はわざと人がいる方向に進み、避けながら過ぎ去る。
轟剛力も走って俺の跡を追ってきているようだ。
「うわ」
「また」
「え、轟剛力先輩じゃん」
「やべ」
などという声が聞こえる。
変に危害は加えていないといいが。聞こえてくる声からは恐らくひどいことはしてないと推測できるを
校門に着いたので、後方をチラと見るが、作戦が上手くいったのか、まだ追いつかれていなかった。
他の人の様子も少し確認したかったが、しっかりとは確認できなかった。
一見したところ、多分、それほど大きなことにはなっていないようだった。
轟剛力も無関係の人相手に危害を加えるつもりはないということだろう。
郊外に出て、どこに向かったかというと最寄りの公園だった。
ジャングルジム、ブランコ、鉄棒、と言ったものしか置いてない小さな公園だったが、この時間帯には人は少なめだし、何より、木が植えてある。
こんなこともあろうかと、誰かとやり合うための場所の把握とルートは確認しておいた。
もし逃げ切っていたら、そのまま家に帰り、装備を整えて、再戦、仕切り直しといけるが。
流石にそうは問屋が卸さなかった。
俺が公園に着いて間もなく、轟剛力もやってきた。そりゃそうだ。あれくらいで俺を見失う訳がない。
「なるほどね。ここなら思いっ切りやれるってわけか」
俺が考える最善の意図とは反していたが、轟剛力が納得したように呟く。
思いっ切りやるためにここに来たわけでないにしても、逃げ切ることができないのであれば、ここで勝負をする方が相応しいのは確かだった。
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