10-威嚇

朝、結局考えても画期的な解決策は出てこなかった。

様子見、自衛、と言ったところか。
ひどく憂鬱な気分になる。これか、嫌な気分というのは。こういう気持ちが募ると学校に行きたくない、となるのかもしれないな。
いじめというものは、本当に憎むべきものだ。

頭をもたげる嫌な気分に苛まれながらも、出かける支度をして、リビングで「行ってきます」「いってらっしゃい」のやり取りを殿子さんとし、毎朝の密かな楽しみに喜びを感じながら玄関で靴を履くのに集中することにより、ひと時の平穏を享受していると、殿子さんが
「良平くん、伝言」
と言って玄関までやってきた。
殿子さんが朝から玄関まで来て送り出してくれるなんて俺は幸せだな、なんて喜びを瞬間的に噛み締めた。

「やるなら大怪我させるな、威嚇くらいにしろ、だって」

師匠からの許しが出たので、俺は更に軽やかな気持ちで出発することができた。

学校に行き、奴らの情報を集める。聞き込みは基本だ。
凪元は確か、「くりす」とか何とか言ってた。
まずは、「くりす」について聞いて回ることにしたが、他のクラスの人に聞いて回れば2回目ですぐにわかった。4組だった。久利須良雄。

次は久利須とよくつるんでる連中について調べる。
何人か、できれば、凪元に関する人物全員のことがわかるといい。

朝だったので、十分な時間はなかったが、久利須含めて4人の名前を確認できた。
顔と一致させることはできなかったが、その辺りは後回しでいい。
名前を知ることがまずは大事だ。

昼休み、俺は奴らの1人に呼び出された。凪元ではなく俺が。
……相変わらず奴らの行動は早い。
誘われたと同時に、師匠には端末で「誘われちゃいました」と一言メッセージを送っておいた。

俺は奴らの誘いに乗りついて行った。
連れて行かれたところは、校庭の一角。
昼休みだからか、人気のない。
既に3人くらい集まっている。

「てめー、何俺らのこと嗅ぎ回ってるんだよ」
と、脅しをかけてくる。
師匠からは威嚇をしろ、と伝えられたが、逆に自分が被ってしまった。
「何の話だ?」

相手の出方を伺うため、何も知らない体(てい)を装った。

当然奴らは激昂した。
「朝俺たちのこと嗅ぎ回ってたんだろーが!」
「いきなり邪魔してくるしさー」
激昂する怒声と軽いテンションで茶化すような声で、敵対意識をぶつけられる。
どう対処しようか迷ってしまった。この辺り、師匠だったら何らかのシナリオを用意しておくのだろうが。俺は迎え撃つ準備をする前に誘われてしまったので、状況の成り行き次第だった。
俺が次に何を言うか迷っている間に「何空かしてんだ」「何とか言えよ」とか「黙ってんじゃねぇよ」とか。
ヒートアップしていた。
自分で盤面を操作するとか師匠はいつもそう言うことを考えているらしいけど、俺には難しい。やっぱり出たとこ勝負っていうのが、関の山か。
それしかできないというか。

何とかしなくちゃいけないよな……とは思うのだけど。

俺の性質についての反省も重要だが、今は目の前のことに対して何とかしなくちゃいけなかった。

「申し訳ない。俺の教科書とかジャージがなくなったから、心当たりを探してただけだ」
「あぁ?それを俺らがやったってゆーのかよ?」

あぁ、全然ダメだった。とりあえず弁解をする。
「そんなことは言ってなくて……」
これは弁解にならないな、と思うようなことを我ながら言ってしまったな、と思った。

と、後ろからドンと蹴られた。多分、お尻より少し上の腰の辺りだろう。
身体を支えている大事な部分なので、不意に蹴られておっとっと、と前のめりになり、前方に転げそうになる。

「あ、ごめーん当たっちゃった〜」

と言ってはいるが、わざとだろう。
俺は右足を前に出して踏ん張り、倒れるという失態を排除した。

本当は相手が手や足を出してくるのに合わせて対処できればスマートだったんだけど。そうすれば、師匠に近づいたと自分で自分の成長を喜ぶことが出来たのだが。

俺の実力では背後からの攻撃は、中々反応できない。
だから、不覚をとった形になってしまった。

倒れないように踏ん張り、俺はこれから事を起こすために辺りを広く見渡した。
その様子も奴らにとって気に入らなかったらしい。

「なんかムカつくわ、お前の顔」

荒っぽい声を挙げていた奴が蹴りを入れてくる。
だが、予備動作見え見えの前からの蹴りなら避けられる。

「お?ああ?」

避けられたことにより、相手の重心がズレて体勢が崩れ、戸惑いの声と共に、そのまま威嚇の声をあげる。
相手がバランスを崩して、こちらを向こうとしているところから俺はやつの襟元を掴み、引っ張り上げる。

「お前らだろ。ちょっかいかけてくる奴らは。次に何かあったら、お前ら潰すぞ。久利須良雄、枡定科、釣直太、岩内新太。その名前のやつは証拠がなくても潰す」
声に凄みを効かせられたかはわからないが、言いたいことを言えた。

「え、何」
いきなりのことについていけないのか、相手は戸惑いの声をあげた。

「お前らが二度と変なことできないようにするってだけだよ」
と持っていた襟から手を離す。

これで、相手を威嚇できただろうか。

「クソガァ!」
奴らの表情を確認しようとした瞬間に、襟元を掴んでいたやつが、こちらに殴りかかってきた。
威嚇は失敗したらしい。
相手の動きは大振りな動きだったので、腕を掴んでおく。
「いてて」
掴まれた相手は、痛みに声を出す。

「だから、ちょっかいかけるなと言っただろうが」
全然威嚇できてなかったようだ。痛い思いをしないとダメなんじゃないのか?と思わなくもなかったが、師匠から怪我はさせてはいけないと言われていたので流石に思い直す。

掴んでいた腕をそのまま手放す。
「他に用がないなら俺は戻るから」

俺は教室に戻ろうとしたが、流石に後ろから奴らが殴りかかって来ることはなかった。

昼休みが終わる前に教室に戻ると凪元が俺に
「大丈夫だった?」
と声をかけた。
「まぁ、大丈夫だろ」

「でも、制服に足跡ついてるよ」

と指摘された。
奴らに腰を蹴られた時についた跡だ。
恥ずかしかったのですぐに払った。

「取れたか?」

「うん、まぁまぁ」
と言われ、俺は上着を脱いで念入りに払った。

あのまま引き下がってくれれば、それで終わりだ。
あいつらが直接俺らに突っかかってきてもそれはそれで、あの程度の奴らなら返すこともできる。

問題は怪我をさせないように立ち回らないといけないことだ。
敵わないと思って手出しをやめてくれたらいいのだが。

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