「今のは保護者の方?」
俺が殿子さんとの通話を切った後に凪元が尋ねた。
「ああ、そうだ」
詳細を話すのは避ける。出来る限り情報を与えたくない。
適当にあしらっておく。
「ふーん。何か意外だった。敬語使ってる木々村くん」
「いや、俺だって敬語くらいは使う」
いくら普通の学校生活を知らないからと言って、敬語を使わないわけじゃない。
凪元の前でも敬語を使ってる場面があった気がするのだけど。
具体的にはどこだったのか全く覚えてないが。
先生に話しかける時は使ってなかったか?
敬意を払うべき人に対しての礼儀は叩き込まれた。
というより、師匠と殿子さんに対しての、か。
昔よりはかなり砕けているとは言え。
「そっか」
「で、話を戻すんだけど」
と、納得したのかどうかわからないが、凪元はもうそんなことはどうでもいいや、と言わんばかりに話を戻した。
「僕がどんな調査をしていたのか、についてだけど、その前に僕の仕事について話すね」
「さっき幽霊退治って言ったけど、木々村くんは幽霊信じる派?それとも何か知ってたりする?」
「幽霊は見たことがない」
死人が動く、だとか、死んで発動する能力の存在は知っているが。アレは幽霊でなくて、れっきとした能力だからな。昔に師匠からも解説された。
死後に発動する能力を俺が解除出来るかどうかは、その能力と俺との相性次第だ。その死体を触って解除できるタイプとできないタイプがある。それはやってみるまではわからない。関係ない話をしてしまった。
ともかく、死後動くなどは、能力によるものしか俺は知らない。
「そうか。木々村くんはそっち系じゃないのかな」
と独り言のように呟き、それに続いて説明を始めた。
「一般的に幽霊とか怪異とかって言われているものを退治したり、不思議な出来事を解決したりする仕事が実はあって。神社とかでお祓いやったりするじゃない?そういうやつ。まぁ、僕たちがやってるのは、あれとはぜーんぜん系統が違うんだけど。妖怪退治とか、そういうのを請け負う忍者、みたいな存在だと思っといて」
「昔は鬼とかの退治をしてたらしいよ」
凪元は俺が口を挟む前に言葉を続ける。
「今では都市伝説とかも対象かな」
俺は話すのもしんどいところがあったので、勝手に話してくれる分には助かったのだが。
「それでね、轟剛力先輩のことを調査してたって言ったけど、轟剛力先輩の周りにすごい霊障みたいな不思議なことが起きまくってて。
轟剛力先輩がめちゃくちゃ強いのももしかしたら、そういった現象と関わり合いがあるのかもって話になってね。
学校もおじいちゃんの家から近いし、この学校に入学することにしたんだ。
あ、だから、ここは元はおじいちゃんの家ね」
「別宅というかさ」
「んで、轟剛力先輩のことを調べるために轟剛力先輩の後輩達?取り巻きに目をつけられることから始めようって思ってね。それでいじめられてたんだ」
「はぁ?何でいじめられる必要があるんだよ」
不可解。
声を出すしんどさを忘れて思わず疑問を口に出してしまった。
「木々村くんは本当に知らないみたいだけど、それだけ轟剛力先輩はヤバいんだって」
実際に戦ってしまったことからわかるように、本当に知らなかった。もし元々轟剛力の能力を知っていたら真っ向からは戦わなかっただろう。
「適当に近づいたら勘付かれてバレてこっちが潰されるかもしれないってくらい。中学生の時には既にその道のプロをタイマンでボコボコにするくらいには力があったし、最近では、プロの人達が作戦立てて轟剛力先輩を捕まえようとしても、返り討ちにして先輩自身は平気で学校生活を送れるくらいだよ」
凪元は轟剛力のヤバさについて捲し立てる。
「プロって何のプロだ?」
「僕たちの同業者とか、後は僕たちの業界にちょっと噛んでるヤのつく人たちとか」
ヤ○ザはともかく、凪元の同業者ってどんなレベルなんだろうか?それがわからないからピンと来ないが、なるほど。轟剛力はそういうやつだったのか。
そこまで強いなら師匠の殴りを思い出させるのもわかるかもしれない。
本気を出さないで訓練中の師匠を彷彿させるわけだから、本気だったら、本気の師匠並だったりするのだろうか。それはもうわからないが。
いや、仮に師匠と互角の力になったとしても師匠が圧勝だろうが。技術やメンタルや戦術の差で。
俺が轟剛力を戦意喪失に持っていけたのは、たまたま能力、更にそれだけでなく性格の相性的な問題だろう。
「木々村くん、轟剛力先輩から何発かまともに食らってたでしょ?見たとき、引いたもん、僕。僕が助けなかったら死んでたよ」
「流石に僕も轟剛力先輩と直接やり合おうなんて思わない。いくら一族の中で最高傑作って言われる天才の僕でも」
凪元が天才?凪元の話の信憑性がちょっとわからなくなってきた。こいつ話を大袈裟に話しているだけじゃないのか?
そんな疑問も上がってきたが、俺は口には出さなかったので、凪元は話を続ける。
「とにかく、轟剛力先輩は腕っ節もすごいんだけど、それだけじゃなくて、頭もよくて。すごい敏感なんだよね。もし僕の目的が轟剛力先輩の調査だってバレたら、僕の一族を消すまでやってのけるかもしれないって」
「流石に、嘘だろ」
「いや、ホント」
「そうか」
もう、話半分で聞くことにする。
確かに轟剛力の察しが良かったのは認める。
そして、戦闘能力は俺よりも格段に上だったのも認める。
が、組織の力には勝てないだろう。凪元の一族がどれくらいの規模かはわからないが、普通なら勝てるはずがない。個人の力量は、組織の物量と連携には敵わない。それは師匠もいつも言っていることだ。
凪元が無言で俺を見つめる。
全く信じていない俺を非難しているようだ。
凪元のそんな無言の圧力、師匠の圧力を浴び続けた俺にとってはなんでもない。
「まぁ、いいや。で、いじめられっ子というか、あいつらと一緒にいることによって、自然と轟剛力先輩と接する機会を窺ってたんだけど」
「そこで現れたのが木々村くんなんだよね。いじめを止めようとしてきた」
「いやー、ぼく周りの人が止めないように根回しとかお膳立て色々してたのになー。轟剛力先輩の下についてる逆上しやすいやつに目をつけられるようにしたり、あいつらが思わずイラつく行動をしたりして」
「……そいつは悪かったな」
俺はピエロだった。滑稽だった。
俺のしたことはとんだお節介で、凪元の計画を崩してしまったらしい。
釈然としないが、俺が悪かったのだろう。
釈然としないだけでなく、かなり恥ずかしいのだが。
これが俺がショックを受けるかも、と言っていた内容か、と思った。
先ほどまで文句を言い、俺を非難がましく見ていた凪元の顔から、笑みが溢れる。
「いや、木々村くんは本当に僕のこと心配してくれたみたいだからさ。悪くは言えないよ。嬉しかったよ。邪魔だったけど」
「ぐ、ホント悪かった」
最後の余計な言葉が流石に刺さる。
「いや、ごめん、謝ってもらおうって訳じゃなくて。多分轟剛力先輩には僕が探ろうとしてたってバレてないし。また新しい作戦を考えればいい。それよりも」
「木々村くんと知り合いになれたしね!
僕は感動したよ。僕の思惑を知らなかったからこそなんだろうけど、自分を犠牲にして、他人を助けるなんて、今の時代、そんなできることじゃないからね!!いやー、ホント。珍しい。すごい人もいたもんだなぁって思ったんだ。だから」
凪元は意味ありげに俺の方を見た。
「僕も木々村くんが何か困ってたら力になるよ!」
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