気づいたら、ここは、和室の部屋だった。
何が起きたんだ?
さっきまでの記憶を思い返す。
轟剛力とやりあっていたはずだ。
身体を起こしているのがやっとで……
轟剛力が帰って……
ダメだ。そこから記憶が無い。
何でこんなところにいるんだ?
目線を動かすと俺はベッドで寝かせられていたことがわかった。
和室にベッド?というアンマッチな感じはしたが。
俺が目を開けているのに気づいたのか
「あ、木々村くん、起きた?」
底抜けに明るい男の声がした。聞き覚えがあるような。
声のする方向を見ると、え?
俺は認識した声と目で見た人物と一致しなかったので、頭が一瞬止まってしまった。
相当すごい顔をしていたのだろう。
「どうしたの、その顔」
とその声の主はケラケラ笑った。
「なぎ、つっ」
起き上がりつつ言葉を発しようとすると、腹部が痛んだ。
「あーあー、まだ無理しちゃダメみたいだね。落ち着いて」
息を吐いて、呼吸を整え、痛みを和らげる。
こういう時の呼吸は大事だ。そして起き上がろうとするととんでもなく痛むので、仰向けのまま首だけ動かし、喋ることになった。
「状況が、つかめない。教えてくれ」
俺は底抜けに明るい声の主であった凪元に尋ねた。
気をつければ声も自然に出せた。
いいよ、とベッドの横に備えていただろう腰掛けに座り、凪元は話し始める。
「そうだね。色々と話すよ」
そんな大したことじゃないけどね、と付け加えた。
「ここには僕が連れてきた。木々村くん、見たところやばいケガをしてたからね。病院に行くのとどっちがいいかと迷ったけど、ここを選んだよ。あ、ちなみにここは僕の家」
「病院で普通の治療を受けるよりは、僕の家で治療した方が早く治ると思ってね」
「ここは病院なのか」
「うーん、全然違うけど、それは後で説明するよ。今は魔法とかおまじないとかそういう類のものだと思ってもらえれば」
病院じゃないのに治療が出来るとはどういうことだ?おまじない?……能力か?
「逆に言えば、それくらい急を要するようなケガしてたってことなんだよね。でもよかったよ、間に合って。変なことしなければ明後日くらいにはそれなりに大丈夫になるんじゃないかな?」
「それは、助かったのか」
「うん、そうだね」
「そうか。ありがとう」
礼を言ってから、目覚めてこいつを見て最初から思っていた疑問をやっと口にする。
「……お前、キャラ違くないか?」
お前、本当に凪元か?双子……?
「ああ、びっくりさせてごめんね。そうだね、こっちの方が本当の僕って思ってもらえれば。学校では猫被ってたというか」
「猫?」
「キャラづくりしてたってこと。まぁ、僕の仕事関係でね」
「仕事……」
「うん、仕事。木々村くんも何か仕事してるんでしょ?みんなにも秘密の」
「何の話だ?」
ここはシラを切る。色々と言われて話を整理してるのに忙しい中にいきなり自分のことに切り込まれて少し動揺した。この動揺の中で話し始めるとどこまで話してしまうか分からない。話してはいけないことまで話すかもしれない。もう少し話を引き出したかった。
「何の話かって、何かは具体的にはわからないけど、木々村くんは何か目的を持ってこの学校に来てるよねってこと。それで、僕と同じような調べものをしているのかと思ってたんだけど……違うの?」
これはどう答えたものか。俺はいきなりの情報量に与えられた情報を処理する方にリソースが割かれていた。それでも、俺が伝えるべき情報についての考察もする。
確かに俺は師匠に言われてこの辺りの能力に関する事件の調査をする任務があるが。いや、でも敵対組織だと困るので、俺は白を切り続け、相手から情報を引き出すことを続けたい。いや、仮に凪元が敵対組織の一員なら、俺を助けたりしないかもしれないが、一応念のため、だ。
「お前は、何をやってるんだ?」
「僕は、この辺りで起きてる不思議な出来事を調べてそれを解決する仕事。あれかな、ゴーストバスターズみたいな。そういう家系なんだ、僕」
「ゴーストバスターズ?幽霊退治」
「うん、そんな感じ。あれ、ていうか、映画知らない?そんな感じの。よくある題材だと思うけど」
「いや、映画はわからないが……なるほど?」
凪元は戸惑っている俺を認識しているだろうにも関わらず、相も変わらず情報のシャワーを与えてきた。というか、俺のことを質問されたのに、俺は凪元に質問で返したのに、ちゃんと答えるんだな。質問を質問で返して怒られないのは久しぶりかもしれない。
だが、ところで、そもそも幽霊退治とか、そういうことをやってる家系とは何なんだ。霊能力が強いとかそういうことか?ここは寺社仏閣か?和室だし、その可能性はある。
よく見ると、かなり格式高い雰囲気のする部屋だ。透かし欄間がある。あれは、松か?俺は芸術方面には明るくないからよくわからないが。それに一部屋にしては広い。組織の人が20人くらい集まって飲み食いする場所と同じくらいの広さはあるんじゃないだろうか。
何か他に情報がないかを確認する。首を動かして辺りの視覚的情報を集めたかった。俺の情報を喋るかどうかの判断はまだ保留だ。
「なんで猫被ってたんだ?」
「んー、簡単に言えば、調査のため?」
「何の調査だ?」
「うーん……ショック受けないでね。結果的に言うと、多分上手くいかなさそうなんだけど、轟剛力雷斗の周りの調査」
「轟剛力雷斗の調査?」
俺がボコボコにされた相手だ。この身体の怪我も痛みも轟剛力によるものだ。
「うん。轟剛力先輩ってさ、木々村くんも戦って分かったと思うけど、めちゃくちゃ強いのね。腕っぷしが。超有名になりすぎてて誰も手を出せない状態だったんだよね。でも轟剛力先輩の周りって、僕らの仕事が多く発生するようになってて。
で、僕がその調査にこの学校に来たって感じ。
あと、轟剛力先輩以外のところの怪異の調査もしてるよ」
「轟剛力雷斗に関する仕事って、なんだ?」
「うーん……それに関しては、僕の仕事内容を説明した方がいいんだけど、説明が長くなっちゃうからなぁ……」
と言って凪元は少し考えるように黙った。
ショック受けるかも、と言っていたが、ショックを受けるようなことは話されなかった。
説明が長くなるものの中にショックを受ける何かがあるのかもしれない。
俺が話の続きを待っていると、まぁいいや、と言って続きは話さなかった。
「もうしばらく休んだら、とりあえずは動けるようになると思う。それまではここにいた方がいいかな。もしよかったらその間に話そうか。もう少し?かなり?遅くなるって親御さんとかに連絡入れた方がいいかも。
ケータイとか持ってる?」
そう言えばカバンは?
轟剛力とやり合う際に邪魔なので、置いた気がする。
その中に端末があったと思うが……。
しまった!!
「いっ!」
カバンのことを思い出し、咄嗟に起き上がろうとしてしまった。身体に痛みが走る。
凪元からはもうしばらく休んでおけ、と言われたばかりなのに動いてしまった。
しかし、カバンを外に置きっ放しにしてしまったとは……。
とんだ失態を犯した。
このことも言うことになるんだろうなと思うと……師匠への報告のことを考えて憂鬱になる。
「カバンの中に入れてあるはずだが……今はカバンがない。恐らく学校だ」
「ああ、カバンね。あるよ」
凪元は部屋を出ていき、ちょっとしたら戻ってきた。
「はい」
カバンをそのまま俺の横に置く。本当に俺のだった。
なんだ、こいつ有能か?少し凪元に対しての見方が変わった。
「中身とろうか?」
「いや、いい。自分でやる。すまんな」
カバンの中身を見せてしまうのはバツが悪くなってしまう。
流石に見せられない。
横になりながらではあったが、中身をそっと漁り、通信端末を取り出す。これが俺の携帯電話みたいなものだ。普通の携帯電話とは別に、師匠や殿子さんに連絡する時に使うことになるものだ。
じゃあ、連絡をする、と凪元に断って、端末を操作して殿子さんに通話をかけた。
数コール以内で無事に殿子さんが出た。
「殿子さん、連絡遅くなってすみません。今日帰るの遅れます。……。
はい。夕飯は一緒に食べれません。ごめんなさい。詳しいことは後で話します」
時間は夜7時。もう少し早く殿子さんに連絡できたらよかったな。
気を失っていたので、どうしようもなかったが。
「はい。ごめんなさい。よろしくお願いします」
謝罪の言葉を殿子さんに伝えて連絡を切る。
連絡が遅くなっても、殿子さんは怒りはしないだろうが、心配させてしまう。
心配をかけてしまったことが申し訳なかった。
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