学校の外にある公園にいたのに、古今泉の先導で学校に帰ってきた。こっちに心当たりの人がいるらしい。
校舎の中に入る。
今まで行ったことない廊下の道を通り、校舎の端の方に来た。
生徒会室だ。
「失礼します」
古今泉がノックをして入る。
俺もついでに礼をして入る。
古今泉の姉は、前年度の生徒会長で、現生徒会のメンバーと仲がいいということだ。古今泉は行きたくはなかったようだが、観念して話を聞きにいこうということになった。
行きたくなかった理由は教えてくれなかった。
生徒会室というのは見たことなかったが、普通の教室よりちょっと狭く、金属の製でガラスの窓がついている棚(引き違い戸のスチールキャビネットというらしい)が置いてあったり、ポッドみたいなもの(瞬間湯沸かし器というらしい)や食器が多少置いてあるなど、普通の教室と中の設えの違いはあれど、床のタイルの質や壁の質は変わりがなかった。
ものはあれど、普通の教室と変わりがないんだな。
そんな感想を抱いた。
中には男子生徒一人と女子生徒が2人いた。
「あれ、古今泉先輩の……あ、そうそう。未来ちゃんだ」
「はい。こんにちわ」
「それと……君は……?」
女子生徒の一人が俺の顔を見て首をかしげる。
「木々村です」
「ああ、君が木々村くんか。今ちょっとした有名人だよね」
またこの話題か。轟剛力とのやり取りがこんなところまで及んでいる。
「はい。お陰様で。どうも」
「ごめんごめん、気を悪くしないでね!」
ポンポンと肩を叩かれた。
彼女は俺の顔を見て、不機嫌になったと思ったようだ。
全然そんなつもりはなかったのだが。
言い方の問題だったのだろうか。
「それで、今日はどうしたの?」
「はい。姉のことなんですが」
「百々華さんがどうかしたの?」
「最近、夜に出かけることが多くて……。あの、こんなこと聞くの、変だと思うんですけど、お姉ちゃん、生徒会の人と仲良かったから……」
「そうか。そうだね。うん。そういうことね」
「ごめんなさい。何か知ってないかなって」
「うーん、私は知らないかな。夜に出かけてるってことも今初めて知ったし。みんな知ってた?」
彼女が他の二人にも会話を促す。
「いえ、知りません」
と男子生徒。
「私も知らない」
ともう一人の女子生徒。
「だよねぇ。私が知らなかったら知らないよね」
彼女はこちらに向き直った。
「会長なら、もう少ししたら来るかもしれないから待っておく?」
「はい。いいですか」
「うん、大丈夫だよ」
俺必要か?と思ったが、古今泉に「ここにいて、お願い」と言うかのように制服のそでを引っ張って主張されたので、生徒会室では俺まで待つことになった。座るところを案内され、お茶も提供されてしまった。
生徒会の面々はマイコップがあるらしくそれで飲んでいたが、古今泉と俺には、ちょっと小さめのティーカップで提供された。これが来客用というものか。
お茶を出してくれた女子生徒に「なんでこいつここにいるんだ?」という視線もいただいた気もするが、俺もなんでここにいるのか?と疑問に思わないでもなかった。その答えとして思いつくのは、古今泉が来たくもないところに来たから、一人では心細いんだろうな、と思うくらいだった。
出されたものを無下にはできないので、大人しくお茶をいただいた。
うん、紅茶だ。俺は紅茶には詳しくないので、何の種類かはわからないが、ティーパックで作ったお茶だ。
最初に対応してくれた女性が副会長の平賀縁(ひらがえにし)2年生。
ボブヘアで古今泉ほど長くない髪の量。詳しくはワンカールボブヘアというのだそうだ。傍から見てるだけでも強いリーダーシップを感じる。
男子生徒が書記の1年生水沢上中(みずさわかみあたる)。体格は凪元よりはでかい。そりゃそうか。凪元より小柄な男子はそう多くはない。彼は寡黙に粛々と作業を進めている。
もう一人のお茶を出してくれた女子生徒が会計の夢見坂悠乃亜(ゆめみざかゆのあ)。ロングヘアで、後ろで髪を束ねていた。ポニーテールではない(あとで殿子さんに聞いたところハーフアップだね、と教えてもらった)。修飾した爪でお茶は入れにくいかと思ったが、その手際は慣れたものだった。俺と古今泉にお茶を出した後は、彼女も作業に戻った。
待っている間、副会長と古今泉は話をしていた。
主に古今泉の姉のことだ。
「最近、お姉ちゃんとあまり話せてないんですよね。普段から。夜に出かけてるから」
「百々華さんが?そんなことあるんだ」
「はい。最近になってから初めて。私から話しかけてもはぐらかされるし」
「受験のストレスとかかな?でも、百々華さん、成績とかは余裕でしょ?」
「多分。でも最近のことはわからないです。夜勉強できてないと思うので」
「あー、そういう心配もあるね。あの人のことだから何か考えがあってのことだと思うけど」
「そうだといいですけど」
などと話していた。
古今泉の姉は相当勉強ができるようだ。うらやましい限りだ。俺はそこまでできるわけじゃないから、定期テストというものがどんなものかわからず怖い。
俺は会話に混じろうとしなかったが、副会長が話を振ってきた。
「木々村くんは、どうしてここに?」
「付き添いです」
「そうなんだ。未来ちゃん仲良かったんだね」
「あはは。そうなんです」
古今泉が言う。
俺が彼女を認識したのは今日だったが。それなのに仲が良いというのを認めさせなければならなかった。申し訳ない。
こんな話をしていると、ガラガラと扉があいた。
男子生徒が立っている。すらっとして、背が高い印象を受けた。実際は俺より少し高いくらいかもしれないが。
「あ、岩石動。お客さん」
「未来ちゃん?」
「そう」
「あと、あれ?そっちの子は?」
「木々村です」
「ああ。そうだったね」
どうやら、俺の顔は知っているらしかった。それほどまでに知られてしまっているのか。俺は当然、この人を知らない。
「会長の岩石動仙人(がんせきどうひとひと)。よろしく」
「よろしくお願いします」
俺も返事をしておいた。
岩石動は古今泉に向き直る。
「久しぶり。どうしたの?」
「あの、お姉ちゃんのことについて聞きたくて」
「え?何かあったの?」
何かあったの?ということはこいつも知らないんじゃないか?俺はそう思ったが、とりあえず、古今泉の出方を窺った。
「最近、お姉ちゃんが夜出かけて帰ってこないことが多くて。何か知らないかなって」
「え、夜遊び?あの人そんなことしてるの?受験生なのに?」
「岩石動さんも知りませんか?」
「うん。知らなかった。実は僕、最近百々華さんと連絡とってないから」
「え、そうだったの?」
声をあげたのは平賀だった。
「うん。あまり言いたくはないけど。実は、4月に入ってから別れてね。別に嫌いになったとかではなかったみたいだけど、受験生になって色々と思うところがあったみたい」
「うそ……知らなかった」
これを言ったのは古今泉だ。
手で口を覆っている。
岩石動と古今泉の姉が仲がよかったということのようだ。二人は恋人同士だった……ということか。深いことはわからないが、だから、古今泉がここに来るのを嫌がったのかもしれない。
しかし、古今泉自身は姉が別れたことを知らなかったらしい。
そういうこともあるんじゃないか、とも思ったが、古今泉にとっては衝撃的だったらしい。
「そうか。やっぱり知らなかったんだね。ごめん。わざわざ来てもらったのに」
「いえ、すみません。いきなり押しかけて」
「ううん。いいよ」
「あの、ごめんなさい。あまり聞いていいことかわかりませんが、別れたのいつですか?」
「え、4月だよ」
「4月のいつくらいですか?」
「中旬、だったと思うけど。ちょっと待って」
そういって岩石動はケータイを取り出す。そして、それを操作して何かを調べ始めた。
「あった。えーと、具体的には14日かな。引継ぎが終わってちょっとしてから、別れたよ」
「すみません。ありがとうございます」
流石に古今泉は申し訳なさそうにしていた。
「いいよ。何かの助けになれば幸い」
言いたくないと言っていたのに、わざわざ調べてまで教えてくれるなんて、会長、いいやつだな。なるほど。会長になるだけの人徳もあるのかもしれない。
副会長の平賀に負けないほどのリーダーシップ性があるのかもな。この短い時間で分かった気になるのは危険だが。
「でも、夜遊び?何してるの?」
「夜遊び、というか。夜出かけて。何をしているのか、具体的には知らないんです。本当のこと知るの、少し怖くて」
「まぁ、確かに」
岩石動が同意する。
「でもこのままじゃ、ダメだと思って。私の方からお姉ちゃんに歩み寄ろうと思って」
「そうか。僕からは協力できることは少ないと思うけど、何かわかったら連絡する」
「はい。よろしくお願いします」
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