彼女は思っても見なかった方向から飛んできた発言に驚いたらしい。
目を丸くするとはこのことだよ、と笑った。
「覚えてないかな。ゴールデンウィーク挟んじゃったから忘れちゃった?」
俺が名前を覚えていないという痛恨のボケをかましたことによって、彼女から放たれる圧力は和らいだ。彼女自身の緊張も少し溶けたように思う。
「申し訳ない。誰だったっけ?」
「一度話しただけだから、仕方ないかも。私は古今泉未来(ふるいまいずみみく)だよ。隣のクラスの。この前のお昼休みに少し話した」
「あー……」
記憶を探ってみると、同じクラスじゃない生徒と会話を交わした気もする。
あの辺りは、凪元が俺を他の生徒と話をさせようとしていたらしい時期だ。
その中で何か関わりがあったということだろう。
残念ながら、いたかもしれない、という感じだ。もう少し詳しく聞くと思い出すかもしれないが。
いや、しかし、本当にいたか?
「いいよ、いいよ。大したこと話してないし。たまたま私が覚えてただけだから。これから覚えてくれたら嬉しいかな」
大変気を遣わせてしまっている。
「申し訳ない」
「いや、いいって」
と言って、彼女は、名案が思いついたかのように明るい表情になる。
「じゃあ、私の話、聞いてほしいかな」
切り替えが上手かった。
「話って、何だ」
俺はまだ少し押され気味だ。彼女の切り替えにはついていけなかった。
「私のお姉ちゃんのことなんだけど……」
「お姉ちゃん?」
「うん、いきなりこんなこと言われて、なんだこいつ?って思ってると思うけど、あの轟剛力先輩に勝った木々村くんにしか頼めないかなって……」
轟剛力とのことは有名になっていると凪元が言っていた。俺としてはあいつに勝ったつもりはなく、むしろ負けたとしか思えないのだけど……。
こうやってその噂を頼りに来てもらうことに若干の罪悪感を覚える。
しかし、だからと言って、頼まれたことを一切合切聞かないというのも憚られるので、とりあえず、まずは話を聞くことに。
「とりあえず、話を聞こう」
「ありがとう」
「ここだと確かに人に聞かれないが、もうちょっと落ち着いて話せる場所に行きたい」
「うん、そうだね。どこかいい場所あるかな?公園とか、喫茶店とか?」
人に聞かれない話を喫茶店とかでするのはいいのか?と思ったが、彼女……古今泉の観点ではよいのか。
「じゃあ、公園に行くか」
まだ5月の始めだ。外で話していても暑すぎたり寒すぎて無理、ということはない。
「おっけー」
俺たちは、公園に向かった。
轟剛力とやり合った公園に着いた。近かったし、それに学校の近くにしては人が寄り付かない。
座るベンチくらいはある。ベンチの裏側の草が少し伸びすぎじゃないか?というきらいはあるが。
それでも、周りに人が近づいてきたらすぐわかるだろうし、大丈夫だろう。
俺はベンチに腰掛けると、それに合わせて、古今泉も座った。
「それで話というのは?」
「うん。私のお姉ちゃん、同じ学校の高3なんだけど、受験生なのに最近、夜にどっかに行ってることが多くて」
「どっかって、どこだ?」
「あー……色々あったかな。誰かの家の時もあったし、遠くの公園の時もあったし……。私が知ってるのはそれくらい」
「なるほど」
場所は特定できているわけか。
「うん。でも、場所は、そこまで重要じゃなくて、問題は一緒にいる人たち、なんだよね」
「一緒にいる人」
「うん。ちょっと、怖い人、というか」
ちょっと怖い人…どんな人物だろうか?高校生が怖がる人物……。
「ヤ◯ザ、とかか?」
「流石に多分、違うと思う。もっと若い人たち。簡単に言えば、不良、みたいな」
「不良……?轟剛力みたいな?」
「あー、そっちの方が近いかな。うん、そう。喧嘩が強そうな人たち」
なるほど。
「それでね、お姉ちゃんに何してるのか聞こうとしても、うまく聞き出せなくて。私一人だとかわされちゃうっていうか。お姉ちゃん、今大事な時期なはずなのに……そんな人たちと一緒にいて大丈夫かなって」
この時点で俺が必要となる場面と言ったら、姉との対話ではなく、その喧嘩が強そうな人たちの対処、くらいしか思いつくことがないのだけど、どう対処させるつもりなんだ?何か考えがあるのか?
「お父さんやお母さんにこんな話をしてても、きっと解決しない。だから私が、その人たちがどんな人なのか調べようと思ってて。……それで……そっからは……わからないけど……」
古今泉は口ごもる。
確かに、調べた結果どう動くかは、その情報による。情報次第で動きが変わっていくからどうしていくかは答えられないだろう。
「できればお姉ちゃんを説得したいかな……」
ポソっと小さく。自信なさげに答えた。
何が理由で口ごもったのか、明確にはわからなかったが、自分のやることに対して自信がないから口ごもったということか?
姉を説得する材料を集めるために、情報を集めようということか。悪い奴らだったら、付き合いをやめさせる強力な理由付けになるしな。
動く前に先に情報を手に入れるようとするのは俺と手順が一緒なので、その点は共感できる。
「そうか。その人たちを調べるのを協力すればいいのか?」
「うん。ちょっと一人だと怖くて。それで一緒に調べてくれたら……って思って」
「なるほど。いいだろう。協力しよう」
「ありがとう!!」
古今泉の顔色が目に見えて変わった。
さて、これからどうするかが問題になる。
「お姉さんがどんな人と一緒にいるのか、知ってそうな人はいないのか?」
「やっぱり?そうだよねぇ……」
少し表情が曇る。
これは何も手掛かりがない、というよりも……。
何か心当たりがあるのか?
コメント