師匠との通話を終えてから師匠からメッセージが来た。何か言い残したことがあったのだろうか
「殿子にも説明しておけ」
そうだった。
今日は報告することが多く、まず師匠への報告を優先し、殿子さんと話すのを先送りしていた。
殿子さんに自分からかっこ悪く、ダサいことを話さなければいけないのか。
そう思うと憂鬱だった。
俺が帰ってきてから1時間ほど師匠と話をしていたので、もう深夜0時を回っていた。
殿子さんに話をしようとしてリビングの方へ行くと、殿子さんは寝間着姿で片付けられて何もない食卓に突っ伏して俯いていた。これは寝ているか。
そう思ったが、俺がリビングのドアを開ける音に気付いて、「んん?」という声と共に顔をこちらにくるりと向け、俺に気づくと笑顔を向けてくれた。かわいい。
「ふぁぁ〜」と口に手を当てて欠伸をしてから、殿子さんは話し始める。
「おつかれさまー。長かったね」
「申し訳ありません。長くお待たせしてしまって。寝ててもらってもよかったのに」
「それだと説明聞けないでしょ」
と殿子さんは伸びをして姿勢を正す。
「その顔は何があったの?」
顔は轟剛力に殴られた時のものだ。もろに顔面にくらい、やっぱり折れていたらしい。凪元の術で多少は回復したとは言え、今も腫れている。
「今日、能力者と戦闘になりました」
「そうだろうね。普通の喧嘩じゃ良平くんそんな風にならないだろうし」
「それで……気を失ってしまって。治療を受けていました。あの、凪元の家で」
「そうなんだ。凪元くんにちゃんとお礼言った?」
「はい。それは言いました」
「ならよかった。他にも怪我してない?大丈夫?」
「凪元の治療のお陰でなんとか」
他にも怪我はしているし、むしろ、腹部の方が重症なので、大丈夫でないのだが、今は死ぬことはないので、こう収めておく。いたずらに騒ぎ立ててしまうのもよくない。
「本当?何か隠してない?」
すぐばれた。
「はい、実は脇腹とかに相当来てます」
「もう。隠さないでっていつも言ってるじゃん!」
ぷりぷりっといった感じで怒りを表現する。かわいい。
「すみません。あ、でも凪元のところで治療受けたので、今は大丈夫です。凪元のことも話します」
「凪元は治療の……殿子さん、術って知ってますか?」
「うん。知ってる」
「凪元は治療の術を使えて、それで俺を治療してくれました。それがなかったら、相当危なかったみたいです」
「そんなにだったんだ。でも、うん、そうか。それでそんなに顔が腫れてるし」
「凪元によれば、明後日くらいにはそれなりに動けるようになると聞いたのですが」
「そーなんだ。よかったね。思ったより早く治りそうで」
「治癒能力を早める効果もあるみたいで」
「すごい。良平くんも教えてもらったら?」
「そうですね。確かに。考えておきます」
凪元から教えてもらうのか……確かに俺が今の能力以外のものを使えたらかなり便利になりそうだが……だが、単純に抵抗がある。
でも、そうなると師匠はなぜ俺に術を教えてくれなかったのか、それが疑問に残る。
単純に忘れていたという可能性もあるが、師匠に限れば、その可能性は限りなく低い。何かの意図があってのことだろう。
「それで凪元の家に連れて行ってもらって、治療を受けていました。殿子さんに連絡したのは、起きてからすぐです」
「え、ずっと気を失ってたの?」
「はい、そうです。しばらく気を失っていました」
「それは大変だったね。じゃあ、凪元くんに良平くん運んでもらったってこと?」
「そうかもしれません」
そこの辺りのことは聞いていない。
確かにあいつが俺を運ぶのか…。
あいつもそれなりの手練れっぽいので、俺を運べるだけの力は本当はあるのかもしれなかった。
「でも、そんなに凪元くんにお世話になったなら、お礼言わないと。今度ご挨拶に行こっか」
全くその通りだった。俺は凪元に対して少し気まずい、バツの悪さを覚えているが、その案を殿子さんから促されたら従わない訳にはいかない。
「はい」
「どうやってそんな風になったの?」
…来たか。俺があまり答えたくなかった質問。
俺が轟剛力とやり合うことになったきっかけも滑稽ながら、その中身までもいいところなしだ。
だが、ここで見栄を張っても仕方ない。殿子さんは俺がこの話題を話したがらない様子を見てとり、気を利かせてくれた気がある。
ここまで気を利かせてくれた殿子さん相手にまごつく方がかっこ悪い。観念して話す。
「凪元をいじめから救おうとしてたことと関係があります」
「うん」
「凪元をいじめていたやつらを俺は邪魔をしました。そのことによって、彼らを怒らせてしまって。先輩に俺のことを伝えたみたいで、それでその先輩が俺に勝負を挑んできたわけです」
「てめー、俺らの邪魔すんじゃねーよ、みたいな?」
「多分…そこは詳しくわかりませんが、強いやつを探してる、とか言ってた覚えがあるので、俺に目をつけたのかな、と」
「あー。戦闘狂かぁ」
「そうですね。本当にそんな感じでした」
「何の能力者だったの?」
「恐らく、身体能力強化だと思います。動きが人間業じゃありませんでした」
「すごいね。戦闘狂が1番身に付けちゃいけない能力じゃん」
「はい。俺は防戦一方で。しかも、防げていませんでした。相手の打撃が速すぎて強すぎて。防御しても当たったらヤバかったですし、避けようとしても避けきれず当たったりしてました」
「腕とか大丈夫?腕とかでガードして痛めてない?」
「そういえば?……凪元のお陰かもしれないです」
「凪元くんのお家に何持って行こうかな?好きなもの聞いといて」
「はい」
「お土産で渡す用だよ?」
「わかってます」
「ごめん、それでそれで?」
「はい。……俺より格上でって話でしたっけ?」
「そうそう。良平くんより格上って凄くない?高校生だよね?2年?3年?」
「わかりません。今度調べておきます」
「あー別にそこはそこまで重要じゃないけど」
ふふっと殿子さんは笑う
「でも、いるんだねー。良平くんより強い人が。わたし知らないよ。普通の高校生にそんな強い人いるなんて」
「それは……」
相手は普通の高校生でなく能力者だから、と言おうとしたが、普通の高校にいる能力者という意味かもしれないと思い直して、言葉を続けるのはやめた。
「俺は驕り高ぶっていました。ここに能力者がいる、と聞いていたのに。素人の高校生くらいだったら、自分一人で何とかなると」
「そんな自分を責めなくてもいいと思うけど……」
あはは、と軽くフォローのツッコミを入れてくれる。
「いえ、今回、自分がどれだけ甘い判断で動いていたのか、思い知らされました。師匠からも特訓を促されました」
「あ、そうなんだ。それは頑張らないとね」
殿子さんもどんな訓練をしているのかわかっている。「それは頑張らないとね」は「それはご愁傷様だね〜」と言い換えても間違いではない。
いくら殿子さんの気配りがすごいからと言って、殿子さんでも和らげることができないものは存在する。
「はい。誰か別の方をこちらに派遣して臨時訓練もやりたいほどだと言っていました。こちらは免れましたが」
「そうなんだー」
「はい」
「何とか相手の身体に触れられればよかったんですけど。普通のやり方ではどうしようもなく……」
「うん」
「無理をして何とか……能力を封じました」
「え?封じたの?勝ったの?」
「あぁ、えーと。なんて言うのか。能力を封じた後、気絶しました」
「なるほど。相打ちって訳か」
「いえ、向こうはピンピンしてたと思います。俺は掴んだだけなので」
「そうなんだ。それで大丈夫だったの?」
「はい。俺は気絶したんですけど、凪元が助けてくれたみたいです」
「あれ?勝敗は?良平くんが負け?」
「はい。多分あのまま続けても勝ち目はなかったと思います」
轟剛力には俺の負けだわと言われたような気もするが俺は勝ったとは思っていない。アレは俺が見逃されただけだ。
「轟剛力先輩はその後何もなかったの?」
「はい、勝手に帰って行きました」
俺にとっては、そんな感じだった。
「その後のことは記憶にありません」
「その後起きて、私に連絡くれたんだね」
「はい」
「そっか。大変だったね。心配したんだよ。帰ってきた時にすごい顔してたから」
「申し訳ありません」
「ううん。話してくれてありがとうね。」
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